幸せなお金を持ちたければ、心の学びが先です。3(自由と不自由)

お金を持ちたい目的は何ですか?、
その一つに、『自由を得られる』と言うことが大きいと思います。
本当に、自由は得られるのでしょうか?。

経済的自由

私が最初に求めたことは『経済的自由』でした。
買いたい物が自由に買える。
欲しい物が自由に買える。
ここだったと思います。
そのために投資を始めました、後には『絶対的な経済的自由』と言ってました。

何も自分のためだけではありません。
奥さんやお子さん、ご家族のために『経済的な自由』を求めたいのですよね。

これはお金を持つと得られるかもしれません。

時間的自由

何事にも拘束されない時間的自由もその一つではありませんか?。
やりたい事を、やりたい時にやる。
誰にも拘束されずに、そのためには余裕のあるお金を持ちたい。
誰しもが持つ思いだと思います。

お金があると、自由も同時に?、
果たしてそうなのでしょうか?。

立場的自由

完全にフリーな立場、
そんなものにも、憧れがありませんか?。
不労所得だけで生きていくことができる。
職場のしがらみなどの関係もなく、
フリーで、楽しく生きてゆくことができるためには、お金が必要ですね。

何もしないと言うのではなく、やりたいことだけをする。
そこに無用なストレスは発生しません。

私は最初、自由とはこの3つの事を刺すと考えていました。

お金を持ってみると

お金を持ってみると、どうでしょう?、
自由どころか、悩みや苦しみが多くなりました。
こんなはずでは無かった、その思いが強くなっていきました。

なぜ?、

自由と言う物を履き違えていたのだと思います。

陰陽がセットで

心の学びのなかで、良い事も悪い事もセットであること、
この場合は不自由を認めないと、自由もやってこない、
不自由から目をそむけると、自由は絶対にやってこないんです。

言葉を変えると、不自由を経験しないと自由を心から体感できない。
心の学びの中でそれを実感しました。

お金さえあれば…、この“さえ”の思いにとりつかれていては、お金が出来ても何も変わりません。
幸福のツールのお金が、苦しみのツールになってしまいます。

自由の中にも…

自由の中にも、不自由があり、
不自由の中にも、自由がある。

この事を分かっていない人は、お金をいくら持っても、真の自由は得られません。
かえって、苦しみと言う不自由を味わうことになります。

自由、不自由を両方見つめないでお金を得ると言うことは、
かえって、不自由の鎖でがんじがらめになる事だと、私は思います。

今、ご自身が不自由だと思っているかた、
その中の自由を見る事ができないと、お金を持っても幸せにはなりません。
そのことを理解していただきたいのです。

この記事を書いた人

三輪 昌志

三輪 昌志

カウンセラー・セミナー講師 準備中の三輪(まー坊)です。

人の話しを聞けない、囚われに満ちたおじさんだった私。

ひょんなことから、心の学びを学ばせていただくことになり、悪戦苦闘してきました。

そんな私でも、学び感じて、変化できました。
この変化できた学びを、以前の私のような人にお伝えできるように、活動中です。