「家」のことを真剣に考える時期が来たと痛感しています(無職オヤジの自由な日々 2019・01・09)

最近、改装やら、メインテナンスの業者さんが良く自宅にきます。
仕事としては、しょうがないと思いますが、わずらわしい気持ちもあります。
自宅を「家」と考えると、自分の人生につながるなと思い、今は真剣に考えています。
どうしたら良いのだろう?…。

住んでいる家族の人数の変化

25年くらい前に、私の両親が建てた家に住んでいます。
建てた当初は、5名で住んでいたのですが、年を重ねるごとに、少なくなっていき、今は私一人で住んでいます。
住んでいる人数の“気(き)”で家の痛み具合は違ってくる。
そう感じることが多くなってきました。

5人で住んでた時と、1人で住んでる現在は、家の痛み具合も変わってきたと感じています。

外見の見た目はそうでは無いのですが、
細かいところを見ると、やはり痛んでいます。
屋根のところに苔が増えてきたり、
壁の目地の部分を見ると、やはり痛んでいます。

自分のライフスタイルを考えないといけない時期が

自分で決めることが、今後、どう生きるか…、そこだと思います。

これから、家庭を持って、ここで住み続けるか。
それとも、この家を売り、どこかの場所で住むのか?。
この場所で新たに、家を改築して、今の自分に合った家にして、
この場所に住むか?。
マンションに移り、そこを拠点にするか?。

いろいろな考えが浮かんできます。

そのライフスタイルを、終の住み処を、決める時期が来たのだと感じています。

家と「家」

建物としての家も大事ですが、
○○家としての「家」、私の場合は「三輪家」になりますが、
そこの事も決めなければいけない時期になってきたのを感じています。

そこにはいろいろな事が、墓もそのひとつです。
私は幸か不幸か、独り者ですので、子供はいません。
墓守の長男…今はこの言葉も死語かもしれませんが(*^-^)ニコ、
それも私の運命なので、受け入れていますが、後が続かないのならば、
今のうちにやっておかなければいけないかな…。
そんな考えもあります。

墓を閉じようかどうかと迷う時もあります。
そのことも決める時に来たのだと感じます。

迷うということは

決める事ができない、迷うと言うことは、
この部分には、まだ自分を信頼できていない私がいます。
そこに目を向けなくてはならないと感じています。

2019年今年の、私にとっては重要なことだなと感じています。
年内には答えをだす、これを自分に課してします。

三輪の一言

亡くなっていった、親父や祖父母、墓に入っている、叔父や叔母、伯母、
その人たちの事も考えてしまうと、なおさら決めかねる部分もあるのです。でもそろそろ決めないと、自分のライフスタイルが決まらないのが、一番の問題ですね。

この記事を書いた人

三輪 昌志

三輪 昌志

カウンセラー・セミナー講師 準備中の三輪(まー坊)です。

人の話しを聞けない、囚われに満ちたおじさんだった私。

ひょんなことから、心の学びを学ばせていただくことになり、悪戦苦闘してきました。

そんな私でも、学び感じて、変化できました。
この変化できた学びを、以前の私のような人にお伝えできるように、活動中です。