今のあなたは、真実のあなたですか?、着込んだ鎧のエネルギーに支配されていませんか?。

実はこれ、私のことなんです。
自戒をこめて書かせていただきます。

真実のあなたとは?

こんなドラマや、映画を見た事ありませんか?。

組織に雇われた殺し屋が、殺戮をくりかえします。
追っ手から逃げた時に、そこに迷った子猫が…。
殺し屋がその子猫を抱きあげて、愛しそうに頬ずりをする。

この殺し屋の本質はどこでしょう?。
私は子猫に優しくしている方が、殺し屋の真実の姿なんだと感じます。
これは極端ですが、似たような事をみなさん、やっていませんか?。

役割、こうあるべき、と言う鎧

上記の例えの場合、殺し屋と言う役割をやり続けて、それが自分で着た『鎧』に過ぎないのが、
いつの間にか、『鎧』が持つエネルギーに支配されて役割と、真実の自分が同化してしまい、殺戮をくり返すことになってしまう。

私はこの『鎧』も着ていました。
“男は強くあるべき”
“男は守るべき”
この『鎧』を着続けたおかげで、他人に対して『敵か味方か?』とか、
『自分より優れているか劣ってるか?』などの囚われにまみれて、
そこに気づかない半生を送ってきました。

ろくでもないオヤジだった時期もありました、つい最近まで(~_~;)。

こうありたい、自分が正しい、と言う鎧

強い人間でありたい、正しくありたい、
さまざまな「〜〜でありたい」があります。
このことも『鎧』になる可能性があります。

この『鎧』でやっかいなのは、相手にもそれを強要してしまう事です。
「俺のやり方に従え」
などが、良い例です…。

自分の『鎧』を相手にも着ろ!、と強要して、着る事ができない人は排除する。

一言で言えば、こう言う事だと思います。

鎧のエネルギーに支配されるとは?

公私…と言いますが、支配されている人は“公”しかありません。
強くあるべき、強くありたい、…と言う鎧は、弱い時を許しません、
他人に向けても、そして自分に向けても鎧のエネルギーで支配します。

外から見られる自分を強く装います。
外から見られる事に意識が集中してしまいます。
強くあるべき=弱いと見られたくない、この考え方で他人を計り、自分を縛ります。

『鎧』を脱ぐことをしません、いえ脱ぐ事ができないのです。

長年の習慣とはいえ…、真実の自分を忘れていってしまうのだと思います。

鎧を脱ぐには…

多くの人は、『鎧』の重みで、
長年の「べき」「こうありたい」の鎧で…酷使したせいで、
身体や心を壊して気づくのではないでしょうか?。

そうなる前に、『鎧』の存在に気づいて、
心のことを学ぶか、心の専門家(カウンセラー、セラピスト)さんにお願いするのが良いと思います。

経験上、自分の力では脱ぐ事が難しいですね。
自分の心に目を向けて、心の学びをすることしかないと思っています。
長時間かけて、少しずつ『鎧』を脱いでいく、それが私には必要なことでした。

真実のみなさん(私たち)は優しい善意の心の持ち主

『鎧』を脱いだ時、すべての人は、優しい善意の人です。
優しい善意の人になったのではなく、もともと持っていた(真実の)あなた、つまり優しい善意の人に戻るのです。
変わるのではなく、もともとのあなたに戻るのです。

そう思っています。

鎧がないと

他人から見て、今まであなたが見せたくなかった、あなたになります。
弱く、ドジで、失敗して…、
でもそんなあなたが、魅力的に見えます。
人が気軽に、話しかけてくれます。

最後にお訊ねします

今のあなたは、真実のあなたですか?、着込んだ鎧のエネルギーに支配されていませんか?。

 

 

この記事を書いた人

三輪 昌志

三輪 昌志

カウンセラー・セミナー講師 準備中の三輪(まー坊)です。

人の話しを聞けない、囚われに満ちたおじさんだった私。

ひょんなことから、心の学びを学ばせていただくことになり、悪戦苦闘してきました。

そんな私でも、学び感じて、変化できました。
この変化できた学びを、以前の私のような人にお伝えできるように、活動中です。