え〜〜〜、ご破算に願いましてはぁ〜〜、自己破壊モードの半生のあがりです!。

心の学びのなかで、自分の中の“自己否定”を観てきました。
観てきてはいましたが、何かピンと来ない感覚でした。

心が落ち込んだ時に…、なにもかも嫌になる。
そんな時がありまして、最近またその感覚がよみがえってきました。

「あ、また来たな…」打ち消せないで悶々としてました。
なにもかもが嫌になってきて、そんな時に浮かんだのは、

「自己破壊」と言う言葉と、昔感じた、無能感と自己卑下している感覚、
そして、すべてから逃げたい、消え去りたい、そん思いがゴッチャゴチャに襲ってくる。
言葉にすると、

「俺を見ないでくれ」「ほっといてくれ」「こんな俺を見せたくない」

こんな感じでしょうか。

自己破壊は究極の「自己虐め」

自分の中の許せない自分、
そこを、自分自身で虐めるのです、しかも際限なく。
まあ、精神的なマゾ気質とでも言えば良いでしょうか?。

自分の中に、強烈な「ハカイダー」がいて、自分の何もかもを破壊してしまいたい、
そんな感覚が人生のなかに何度もありました。

ご破算モードでしかやり直せなかった

人間関係ご破算モード

その時、おつきあいしてた人間関係もお終いにします。
携帯を変え(番号も変えて)、連絡を断つ。
こんな自分を見られたくないのですから、これをまずやってました。

自分を消したい欲求

こんな自分を許せない。
消したい、いなくなりたい、こう言う気持ちに自分の心が
自分が許せないので、自分自身を消したい。
究極は自殺ってことなんでしょうけど、そこまではなりませんでした。
だれかが許してくれる、そんな風に思っていたのかもしれません。

積み重ねたことを「破壊」、やったことがないことをしたくなる

今までがんばってきたことを、破壊します。
こんな自分は嫌なので、嫌な自分にならないように、これまでのことはすべて止めます。

そんな自分が嫌いで、嫌でした。
自分の期待に答えられない自分を許せない。
新しい自分になろう…。

ゆがんだ変身願望ですね…。

自己破壊の谷からは

今回感じたのは、自己破壊の谷でした、
自己再生のための、自己破壊が起きてた。
今までは、そのことに向き合おうとせずに全身全霊を使って逃げていたのです。
全身全霊と言うのは、全身全霊でうそをつき、全身全霊でええかっこしいをやり、
全身全霊で相手(まわり)のせいにして、全身全霊で自分をかくしていました。

自己破壊と自己再生は表裏一体。

自己破壊だけ、と言うのはなく、自己再生だけもない。
自己破壊の中に自己再生があり、自己再生の中に自己破壊も同時にある。

あ〜〜、そう言うことなんだ…。

自己破壊は自分のなかにあっても良い。
「陰極まれば、陽になる」

このことを実感しました。

分かりにくい、言い回しかもしれませんが、
そのことが実感できて、自己破壊も私の一部…。

あっても良い!、なくても良い!。
どっちも私なんだから。

そんな感覚を感じています。

長い時間かかりました、
今、その事に気づいたのもプロセスなんですね、きっと。

この記事を書いた人

三輪 昌志

三輪 昌志

カウンセラー・セミナー講師 準備中の三輪(まー坊)です。

人の話しを聞けない、囚われに満ちたおじさんだった私。

ひょんなことから、心の学びを学ばせていただくことになり、悪戦苦闘してきました。

そんな私でも、学び感じて、変化できました。
この変化できた学びを、以前の私のような人にお伝えできるように、活動中です。