老母の話を聴く、いろいろ言ってるが、結局は私と話がしたいだけだった。

今年80歳になる母親からの電話…。

「ここは寒いから、また一緒に住みたいから、家に帰りたいのだけど」

今住んでる、介助型マンションから自宅に戻りたいとのこと。

電話口で、いろいろな物がたまってるのが、手にとるように分かる。

夜遅くになって母のマンションに行き、話を聴くことにする。

 

話を聴かない親子

私が若い頃、母親も若く元気だった。

母親は話を聴かない人で、

その母親に育てられた私も話を聴かないタイプになって、

二人で話しをまくしたて合う、そんな親子でした。

 

心の学びをして、人の話を少しは聴けるようになった私。

それでも…、母親の話を聴くのは少し苦手である。

 

さびしいの正体

母親がさびしいと口にする…。

その意味を、だまって聴いていると…。

「自分の思うようにならない」

「身体が痛くて、心が沈んでつらい」

そんな思いが見えてきました。

でもその底には…、まだ何かがあるなと、

そのまま聴いていました。

 

別な意味での「今ここ」の人

母親はコロコロと自分の考えを変える人です。

前日は「こうしてほしい」と私に頼むのですが、

翌日は「もう大丈夫だから、昨日の話はなしにして」

万事がこんな調子です。

母親の一言で右往左往することが多かったです。

 

キーワードは「今は」

母親の話の前に「今は」と言う言葉をつけると、よく分かります。

「足が痛くて銀行に行けないから、あんた私のお金(資産)管理してくれる」

これはこう言う意味になります。

今は足が痛くて銀行に行けないから、あんた私のお金(資産)管理してくれる」

そして翌日になると、

今はもう足の痛みが収まったので、やっぱり私が管理するから」

その時の気持ちだけで、私に物を言います。

整合性、展望、そんな要素は欠片もなくなります。

 

この場合だと、「足が痛い」がすべてなんですね。

若い頃のようには戻りませんが、その年齢なりの調子が良い時悪い時はあります。

そんなことは何も考えずに、「今の気持ち」だけですべて考えます。

 

冷静な事実だけを伝える

戻りたいなら戻れば良い、でも食事は自分でつくることになる。

買い物も自分で行くことになる。

息子(私)は、府中と赤坂を行ききするので、週の半分しか府中(自宅)にいない。

その間は一人で自宅にいることになる。

食事も出してくれて、職員のかたがいる今のほうが楽なのではないか?。

自宅に戻って、不満が起きれば、どうせまた出て行くと騒ぐなのだろう。

もう昔のような親子には戻れないこと。

今のマンションを拠点にして、自宅にも好きな時に来ればよい。

その時、私がいなくても…、それは仕方がないことなんだ。

そう伝えました。

 

その時、分かったことがあります。

 

母親は息子(私)と話したいだけなのだ

結局、母は私と話がしたいだけなのだ。

そうしたいので、色々な理由をつけて、いろいろと言ってくる。

今は、話をしてるので、「そうだね」などと言いながら、落ち着いている。

そのことも話してみた。

「そんなことはないけど」

そんなことあるわ、まったく┐(´д`)┌ヤレヤレ。

 

今はお金の管理を任したい、

明日はどうなるか分からない…。

これでは母さんの頼みはきけないよ…。

もともと頼む気なんかないくせに、

母にはっきり伝えた…。

 

「母さん、半分精神病かもね…、おかしいよ」

「母さんに万が一のことがあったら、管理するよ」

そんな嫌なことを言っても、会話できてるので嫌な顔はしていない。

やっぱり、私と話したいのがおおよその思いなのだと思いました。

 

今回は母親の話を聴いて、

できること、できないことをはっきり言わないとダメだなと思いました。

無意識でひねくれて話を持ってくるので、母の真意は?、

その見立てはきちんとしないと、その思いを強くしました。

 

それにしても…厄介なばあさまになったものだと、

苦笑してしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この記事を書いた人

三輪 昌志

三輪 昌志

カウンセラー・セミナー講師 準備中の三輪(まー坊)です。

人の話しを聞けない、囚われに満ちたおじさんだった私。

ひょんなことから、心の学びを学ばせていただくことになり、悪戦苦闘してきました。

そんな私でも、学び感じて、変化できました。
この変化できた学びを、以前の私のような人にお伝えできるように、活動中です。